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三国志(序4) 

カテゴリ:茶朗

三国時代の異民族
中国をはじめて統一した秦の始皇帝が、北方異民族の防衛戦として万里の長城(総長2700km)を築いたことは有名ですが、三国時代にも異民族の力は脅威となっていました。


東北地方の烏丸(うがん)や鮮卑(せんぴ)、匈奴(きょうど)のほか西方の羌(きょう)やてい(字がわかりません^^;)、江東の山越(さんえつ)があります。この他に蜀の東北に勢力を置いていた蛮(ばん)などがあります。

後漢時代には、漢そのものが衰退しきり政治の混乱に乗じて、これら各地の異民族が反乱を起こし、王朝の大きな悩みでした。また、天下を平定せんとする劉備、曹操、孫権も、この異民族の動向は決して無視できないものであったと言えるでしょう。
そのため彼らを懐柔することに苦心しております。

ちなみにこの異民族の中の蛮を諸葛亮は服従させようと攻めました。
蜀の南方に勢力を張る蛮の王孟獲は、諸葛亮に七度倒され、その度に解放されることを繰り返し、ようやく服従することを決めたのでした。
相手を心から服従させるための手段がその方法でした。






魏と日本の関係

正史「三国志」には、この時代の周辺各国の関係も記録されていました。
三国時代、日本(倭)の女王、卑弥呼が魏に男女10人の奴隷を献上し、対して魏からは親魏倭王の称号と銅鏡100枚のほかをもらい受けた事実が記載されています。(「魏書」第30巻東夷伝)













簡単な人物紹介

卑弥呼・・・?~274年。
邪馬台国の女王。呪術により民衆を心服させる力を備えていたとされる。
結婚はしておらず、弟が政治を助け、人々の前に姿を現すことは無かった。
没すると、人々は大きな墓を建設、奴婢(ぬひ)百余人を殉葬(じゅんそう)した。

始皇帝・・・紀元前259年~前210年(在位は紀元前222年~前210年)
中国を最初に統一した秦の皇帝。万里の長城をはじめ、巨大な墳墓などを築く。
没すると、わずか4年で滅亡。


万里の長城とは
秦以降の王朝からも、幾度にもわたる異民族との攻防対策として拡張・強化を繰り返した。
現存する長城は明時代に作られたもので、世界文化遺産に指定されている歴史的建造物である。
なお「月から見える唯一の建造物」とされていたが、2004年に中国科学院が否定した。
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この記事へのコメント

Re: 三国志(序4)

あー、そうか
日本ではこの時代は弥生時代か

そう考えると三国志の時代はえらい昔に感じるなぁ

無双ONLINEの武器ってホントにこの時代にあったのかなw

Re: 三国志(序4)

僕も気になりますw
今度、三国時代の主な武器や兵器について調べてみます^^

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